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コミセン概要・沿革

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 塩冶村役場

 出雲市塩冶出張所

 出雲市塩冶支所

 出雲市塩冶連絡所

 いろは公民館

 出雲市塩冶公民館

 移転改築

 出雲市塩冶コミュニティセンター

 

 ◇塩冶町の紹介◇  
 

 「塩冶」は「えんや」と読み、奈良時代に編纂された『出雲国風土記』によると、当時は「止屋」(やむや)と言っていましたが、神亀3年(726年)に「塩冶」に改められました。また、鎌倉・室町時代には京極佐々木氏が出雲守護職となり、塩冶氏を名乗りました。塩冶氏の三代目が歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」に登場する悲劇の武将「塩冶判官高貞公」です。

 昭和50年に島根医科大学(現島根大学医学部)が開学したのにともない急速に都市化が進み、近年は島根大学医学部・同付属病院を始め、国土交通省出雲工事事務所、ハローワーク、出雲健康福祉センター、出雲警察署、社会保険事務所、出雲地方合同庁舎等の事務所が置かれ、また桜の時期は有原公園も賑やかになります。

 

 

 

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