ここから本文です。
コミセン概要・沿革
| 【沿 革】 | ||
|
明治22年 昭和16年 昭和22年 昭和28年 昭和33年 昭和36年 平成 2年 平成14年 |
4月 11月 7月 4月 6月 4月 3月 4月 |
塩冶村役場 出雲市塩冶出張所 出雲市塩冶支所 出雲市塩冶連絡所 いろは公民館 出雲市塩冶公民館 移転改築 出雲市塩冶コミュニティセンター |
| ◇塩冶町の紹介◇ | ||
|
「塩冶」は「えんや」と読み、奈良時代に編纂された『出雲国風土記』によると、当時は「止屋」(やむや)と言っていましたが、神亀3年(726年)に「塩冶」に改められました。また、鎌倉・室町時代には京極佐々木氏が出雲守護職となり、塩冶氏を名乗りました。塩冶氏の三代目が歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」に登場する悲劇の武将「塩冶判官高貞公」です。 昭和50年に島根医科大学(現島根大学医学部)が開学したのにともない急速に都市化が進み、近年は島根大学医学部・同付属病院を始め、国土交通省出雲工事事務所、ハローワーク、出雲健康福祉センター、出雲警察署、社会保険事務所、出雲地方合同庁舎等の事務所が置かれ、また桜の時期は有原公園も賑やかになります。 |
||
【アクセス】

このページを見ている人はこんなページも見ています
このページに関する
お問い合わせ先
出雲市地域別出先機関 出雲地域 コミュニティセンター 塩冶コミュニティセンター
電話番号: 0853-21-0248