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写真でたどるあの日の荘原(荘原コミュニティセンター)

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荘原と小泉八雲・セツ

(深掘り) 熊本への旅立ち 次に荘原を訪れる日… [2/16]

 2月13日の放映でヘブンさんトキさんと松野一家は、島根を離れ熊本に旅立ってしまいました。熊本への旅路は、荘原の一つ前の宍道で船を降りて山越えをしていたようです。実際は、車夫さんなども同行しているようなので、ドラマで登場するあの「不器用ですから」の方かと思うとくすっと笑ってしまいそうです。この車夫さんの逸話もあるそうですよ。

 さて、盟友錦織さん(西田さん)との別れ。見送りに姿を見せない錦織。そして吐血シーンでの終わりは、ドラマの展開の布石となっていると感じられました。史実での西田は、この時の病状はかなり悪く、床に臥せていたため彼の父親が心のこもった手紙と美しい記念品を届けたそうです。

 別れのシーンで、ヘブン先生が手に持ったいた舟形の虫かご?は、西田が渡した記念品を思わせます。錦織さんが次は「虫」をテーマにしてはどうかと提案した流れに沿った演出だったのかもしれません。フィクションとノンフィクションの融合であるなら、脚本家さんってすごいなと感じます。

 史実をなぞるなら、5年後には、再び錦織さんと暴風雨吹き荒れる荘原の地、旅館辰巳屋で宿泊します。西田は、およそ半年後1897年(明治30年)3月15日に満34歳の若さで逝去します。言葉にならない悲しい別れです。

 荘原の地がドラマの舞台となる可能性…ありそうな、なさそうな。

 ・小泉八雲とセツの略年表(PDF/351KB)※荘原コミセンまちづくり部作成

 

(深掘り) 荘原へ降り立つシーンは!ある?ない? [1/9]

 朝ドラ「ばけばけ」新年最初、5日の放映は、杵築の神に結婚を誓うところから始まりました。本殿を囲む瑞垣(みずがき)の内側での撮影は、ドキュメンタリー映像を除きドラマでは初めての出来事だったそうです。

 

 ドラマでは電報で呼び出され出雲大社へと赴くトキでしたが、コミセンまちづくり部の資料を見てもセツは後から呼ばれて合流しています。史実をうまくミックスしながらドラマが作られているのだなと感じます。

 さて、八雲やセツは、前年の9月に1度、この度の訪問で2度目の『松江~(汽船)~荘原~(人力車)~杵築』訪問しています。残念ながら荘原の美しい町並みは、今のところドラマで表現されていません(´;ω;`)。

 3度目に荘原へ降り立つのは5年後の明治29年8月なのですが…

 

 まちづくり部の資料によれば、小泉八雲の松江滞在期間は1年3か月(443日)。出雲大社での挙式は8月4日。11月には熊本へと旅立ちますから、松江での滞在期間は残り3か月ほどになってしまいました。この先どうなっていくのでしょうか?

 ところで、11月に松江を立つということは、2度目の冬が来る前に松江を離れるということ。小泉八雲は本当に寒がりだったようですから、再びやってくる松江の寒さに耐えられなかったのでしょうか?

 ばけばけは、現在70話。全125話で、最終は2026年3月27日(金)放送予定だそうです。

[1/13追記] NHKばけばけ公式サイトによると、2月16日の放送から舞台が熊本に移るということです。

 

 ・小泉八雲とセツの略年表(PDF/351KB)※荘原コミセンまちづくり部作成

 

(深掘り) 小泉八雲も田山花袋も [12/5]

 「すばらしぃ!」、ヘブン先生のセリフによく出てきます。小泉八雲は『日本瞥見記』で、荘原の町を「いかにも絵にかいたような美しい町なので、できれば一日ここで過ごしていきたかったのであるが。」と評しています。汽船で降り立ち、僅かばかり滞在しただけですが、荘原の町の素晴らしさに感心したようです。

 荘原歴史物語によれば、当時の荘原は、『人力車をひく人たちや、汽船の荷を上げおろしする人たちや、それらの荷を馬車で運ぶ人たちの出入りが多く、また旅客相手の休憩所や商店も並び、なかなかの賑いを呈していました。』と書かれていて、大変賑わっていたようです。

 荘原コミセンまちづくり部作成の資料(荘原の歴史資料2021「にぎわい」(PDF/303KB))でも以下のように紹介しています

 明治に入ると荘原の町は、簸川平野の玄関口として松江との船運が行き来し、港町・宿場町として最盛期を迎えます。汽船が着くと人力車が十台、二十台と走り出し、船川には検番の屋形船もあり、旅館、割烹料理屋はお客と芸子さんで賑わっていました。

 

 (サムネイルクリックで大きな画像が見られます)

 また、小説家 田山花袋の旅行記「山水小記」に、賑わう荘原の様子が詳しく記されています。

 その一節に、「その時分は、庄原は賑やかであった。湖の港として、霞ケ浦の土浦、琵琶湖の大津、それ以上に賑やかであった。」とあります。土浦や大津以上に賑いがあったと感じた花袋。美しい町、一日過ごしたいと評した八雲。地元住民ながらこの事実に驚き、そして誇りに感じます。

 ※小泉八雲『日本瞥見記』の一節(PDF/748KB) ※田山花袋『山水小記』の一節(PDF/663KB) いずれも荘原歴史物語より

 

〈リンク〉

 ・田山花袋 - Wikipedia

 

(深掘り) 奥が深い、深い 出雲弁 [11/10]

 

 ばけばけの出雲弁が放映のたびにグレードアップしているようです。どの役者さんも当初より「出雲弁」が馴染んで自然に聞こえるように感じます。佐野史郎さんは地元枠。演じる江藤知事の見事な出雲弁(松江弁)は、違和感なく聞こえます。「にしこおりくん(にしこぉりくん)」と小さく発音する「ぉ」の言い方にしびれました。さすがです。馴染みのない視聴者の方には「にしこり」と言ったように聞こえたようで、SNSでも話題にしとらい し(しておられる かた)があぁました。微妙な言い方、イントネーション、発音などなど。現代出雲人でも出雲弁を喋るのは難しい。ドラマをリアル出雲弁でやったら…おそらく聞き取れず番組不成立です。

 28回放映、さとうほなみさん演じる おなみさんの「ヘブンのだらず!このだらくそがぁ!!」のセリフを皮切りに、幾度か「だらくそ」出ています。地元では、「だら」「だらず(だぁず)」「だらくそ(だぁくそ)」「どんだら」などと言う方もいらっしゃいます。(良い意味の言葉ではない「だらくそ」が、セリフとして出てくる回数が多いのは多少なりとも気になるところですが…) 出雲地域以外でも北陸地域で「バカ」とか「アホ」といった意味で人をけなしたり、叱ったりする時に「だら」を使うようです。連続テレビ小説「まれ」でも登場していたとか。方言考察も地域を知る楽しみの一つ。松本清張氏の長編推理小説「砂の器」も出雲弁がキーになっていたことで有名です。

 

〈出雲弁に関わるリンク〉

 

(深掘り) 錦織友一という登場人物 [10/30]

朝ドラ「ばけばけ」では、主人公のトキが、松江随一の秀才・錦織友一(吉沢亮)と出会います。

この『錦織友一』のモデルとなった人物が、八雲と生涯の友情を保った人物として知られる『西田千太郎』です。明治23年の八雲との出会いから7年後、病気により34歳の若さで他界しています。西田は、八雲とともに複数回荘原の地へ降り立っており、荘原コミセンまちづくり部調べの資料にも名前が繰り返し出ています。

 

【大磐石と半分弱】

ばけばけをご覧の方にはピンとくるタイトル。大磐石は錦織のことで、半分弱は、錦織とともに試験を受けた庄田多吉(濱正悟)が自虐で称した異名です。庄田のモデルは、西田と親友の本庄太一郎ではないかということです。二人が受験した中等教員免許検定で、本庄は五科目すべて合格、西田は四科目で1位合格でしたが英語が不合格だったそうです。(松江歴史博物館公式Xより 詳しい情報は公式Facebookへ)

 

〈西田千太郎に関わるリンク〉

 

【にしこおり】

さて、荘原地内では、3番目に多い*1メジャーな苗字の錦織(にしこおり)ですが、全国的には珍しいようです。

「錦織」が役名になったことに少なからず縁を感じます。*2

 また、「にしこおり」の読み方に新鮮さを感じるドラマ視聴者の方もいらっしゃったようです。地域によって、「にしきおり」「にしこり」「にしごおり」~他、様々な読みがあります。島根県内でも複数の読み方がありますが、出雲エリア、荘原地内では「にしこおり」読みが多いです。

*11999年斐川町有線放送電話番号簿より(PDF/347KB) 渡部和夫氏調べ

*2ばけばけの制作に斐川町出身で荒神谷博物館館長の藤岡大拙先生が関わってらっしゃいます。番組のテロップにも『松江風俗考証 藤岡大拙』と出ていたようです。 「にしこおり」の読み方も、島根出身の錦織なら「にしこおり」であると、藤岡先生がこだわられた部分と伺いました(10/29追記)

 

 

(深掘り) 汽船と八雲 [10/6]

明治期に運航していた蒸気船に乗って、八雲とセツは荘原の地を訪れています。

ばけばけでも八雲が初めて登場するシーンで汽船がありましたね。

[11/19追記] 宍道湖に汽船が登場したのは明治10年代初め頃。松江荘原間の汽船定期航路は明治20年頃のようです。

[10/29追記] ドラマでは、松江の地に着いたヘブン[八雲]。史実では1890年(明治23年)8月30日で、汽船で初めて荘原に来るのが9月13日です。

ばけばけでは10月29日放映で到着から一夜明けた朝となっていますので、ヘブン[八雲]が荘原の地におり立つまであと10日あまり!荘原を訪ねるシーンがあるのかな???あると良いな。

[11/14追記] 初回の荘原経由出雲大社訪問は、ドラマの中で扱われなかったかな?史実では、次の訪問はおよそ1年後、明治24年7月末の大社訪問です。西田、セツも一緒ということなので期待しましょう。

蒸気船 松江浦丸(ずんごうまる) 

大きい画像はこちらをクリック(JPG type/671KB)

現在の地図に重ねて

荘原の玄関 蒸気船発着場(現在の地図に重ねて)

大きい画像はこちらをクリック(JPG/636KB)

所在地(Yahoo!マップ)

当時の合同汽船ダイヤ表

大きい画像はこちらをクリック(JPG type/872KB)

 ※参考:当時の鉄道 ・明治41年(1908)に山陰本線の米子-松江間が開業。明治43年(1910)6月に松江-荘原、10月に~出雲間延伸開通。

 

 参考文献 ・「荘原歴史物語」(平成16年発行 編著者 池橋達雄)

【まちづくり部作成の資料】 資料をクリックしてください

 まちづくり部では、懐かしい『あの日の荘原』の資料を集めています。令和2年以降にまとめた資料をコミセンロビーで分類・展示したり、広報誌で紹介したりしています。

 〔荘原コミュニティセンター まちづくり部〕

 

【リンク】

 小泉八雲記念館公式(松江市)

 松江歴史館(松江市) 各種公式SNSでドラマの内容をより深掘りしてあります。

 しまね観光ナビ ~小泉八雲とセツが愛した島根ゆかりの地をめぐる~

 連続テレビ小説「ばけばけ」公式ページ

 

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