☆ 黄泉の穴・・・西田郷土誌(平成8年発行)より

 出雲の国風土記の記載に、宇賀郷。郡家の正北一十七里二十五歩なり。所造天下大神ノ命(アメノシタツクラシシオオカミ)、神魂命(カンムスビノミコト)の御子 綾門日女命(アヤトヒメノノミコト)を誂(アトラ)へ坐(マ)しき。爾時(ソノトキ)、女神肯(ウベナ)ひたまはずして逃げ隠りたまひき。時に、大神伺(ウカガ)ひ求(マ)ぎ給ひし所、是れ即ち此の郷(サト)なり。故(カレ)、宇賀(ウカ)と云ふ。
 加藤義成著「風土記参究」に処れば、風土記抄に「口奥の宇賀を以って本郷と為し、東南は国富(くんどめ)、西は唐川(からかは)・別所・川下(かわしも)・井呑(いのみ)等処々を併せて宇賀郷と為す」とあって、平田地域の西部、国富北端から鰐淵寺辺までを含む地であったと考えられる。郷庁は口宇賀の辺にあったと思われる。
 綾門日女命は、他書に見えない神である。綾は文様を織り出した美しい絹織物、門は入口の意。綾織場の女神といった意であろう。

☆ 西田の口碑伝説

 「めいどさん」の信仰

 奥宇賀の黄泉(よみ)の穴の伝説の由来として、大国主命が綾門日女命に求婚されたことがあり、口宇賀町の宇賀神社とともに奥宇賀の「黄泉の穴」と呼ばれる地に、祭神として綾門日女命がまつられています。里人は、「めいどさん」と呼んでいて、出雲国風土記鈔に「宇賀山有如井岩穴直下深不可計知俗又呼之日黄泉穴」とあります。伝説によるとこの穴は、大国主命が神魂命(かんむすびのみこと)の御子、綾門日女命を妻にめとりたいと申されたが、女神はお聞きいれにならず逃げ隠れて、ここの穴に隠れられ、大国主命が追いかけて、この穴の内をうかがいなさった、という故事から宇賀の地名ができたとしています。今も、穴の入り口に小さな祠(ほこら)をまつり、現在も、9月上旬に祭事が行われています。


 この冥土(めいど)さんについては、本居宣長翁が「出雲国なる黄泉の穴」として既に「玉勝間(たまかつま)」で紹介している。
 「・・・・・かの黄泉の穴は、此村の山に有也。海べより十八町のぼるところなり。かくて山はいとしも高からねど、道はいとけはしく・・・・・・」とあって、お参りするにはそうとうな難路で誰でも登れるというものではない。

出雲国風土記:奈良時代(733年)

玉勝間:本居宣長随筆集、江戸中期の国学者
急な山道や階段・・・滑りやすいので注意して
夜見神社
黄泉の穴
黄泉穴
夜見神社から十六島町を望む

 ☆ アクセスマップ(平田観光マップPDF)


 ☆ アクセスマップ(黄泉の穴付近) 
 
 2011年1月29日付け、山陰中央新報の「神話のふるさと」シリーズ、古事記1300年で西田地区奥宇賀町の「黄泉の国・・・もう一つの黄泉の穴」が紹介されました。
 
夜見神社・黄泉の穴


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